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野釜島唐船が浜の
そのまた島です。

干潮時は陸続きになります
向こうには島原半島が
見えます。


満潮時の状態です。


本当に水がきれいです。


同期の河原君と境野君
が、陣中見舞いに来て
くれました。


大森君と二人でベンチで
寛いでいます


島の連中との写真です。
右から2番目が辛川で、
右端が大森君です。


大学4年間の夏休みバイトの思い出です。

夏休み4年間、海の家でバイトしました。

場所は、上天草市大矢野島野釜島の
唐船が浜(とうせんがはま)というところです。

1号橋を渡り、大矢野警察署を右折し、2kmくらい行くと

吉田旅館があります。

その吉田旅館の別館の海水浴場が、

当時はそこから船でしか行けなかった(今は橋が掛かっていますが)

野釜島・唐船が浜にあります。
その海水浴場海の家で4年間毎年夏休み中、住込みでバイトしました。

スピードスケート部の同期の大森晃君と二人です。

そもそも、何故唐船が浜でバイトしたかと言うと、

大森君の高校の同級生が吉田旅館の息子だったのです。


この海の家は、

特にNHKRKKTKUと言った放送局や各企業の海の家になっており、

美人アナのお姉さん達が大勢来てました。

当時、唐船が浜は殆ど俗化されてなくて、海の底まで本当に透明で

澄みきっていて、綺麗な砂浜でした。

今は陸続き、昔ほどきれいではないかもしれません?

海の家の回りには、人家はありませんでした。

島の反対側に集落がありました。

そちらには、定期船がありましたが、唐船が浜は海水浴客団体のチャータ便しか
発着していませんでした。

島を一周するのに、1h以上掛かったと思います。

とにかく、孤島であり、天草の楽園と言った感じでした。

島原半島が一望できて、泳いで渡れるような感覚でした。

先日の東京君が淵会総会に出席してくれた、
上天草市在住の高橋殿/山川さんに確認したら、

まだ吉田旅館は存在するとか。

帰省した折に、40年振りに訪ねてみたいと思います。

4年間お世話になった方々にお礼をしたいですね。

昨日のようにハッキリと覚えています。

バイトの内容は、なんでも屋です。

部屋掃除、食料品/ビール 等の運搬(船から海の家まで)
布団敷き、料理運び、お客さんとの飲み会の付き合い、
海の家管理全般等々24時間体制?で働きました。
充実してました。

お客さん達と毎晩一緒に飲んで唄う日々は、非常に楽しかったですね。

渚のブランコで、

大森君とギターを奏でていると(拓郎の夏休みとか)

女の子達が寄って来ます。

一緒に唄い、渚を散歩したのが昨日のように思い出されます。

お客さんがいない日は、船長のおじさんに夜釣りに

よく連れて行って貰いました。

船上から手釣りで釣った、

たい、あじ、イカ、さざえ、ウニ等、その場で食べたことは忘れられないですね。

楽しかった反面、怖いこともありました。

それは台風です。台風の目が見えるのです。

海の家の近くには、人家がありません。

当然、お客さんは来ないので大森君と二人です。
停電でローソクを灯して凌いだ記憶があります。

無人島にいる感覚を覚えました。

何れにしても、青春真っ只中だったのは間違いありません。
また、あの日に戻りたいですね。

                            以上