■熊工大スピードスケート部

                                            1971年:昭和46年撮影

 写真、前列左より奥岡一夫(S48卒)、田中紳二(S47卒)、古閑一彦(S49卒)、河口勝彦(S49卒)、

       後列左より齋藤嘉澄(S49卒)、前田明夫(S49卒)、辛川史人(S49卒)、大森晃(S49卒)  敬省略

この写真は四十数年前(1971年(昭和46年)) に撮ったものだと思います。

恐らく、天然のアウトリンクで練習するため、えびの高原に行ったときのものです。
新町のYMCAのスケート場のインドアでしか滑ったことのない我々にとって、
アウトリンクで滑るのは初めてでした。
インドアとアウトドアとでは、スケート靴が違います。
この日の為にわざわざスケート靴を準備しました。
アウトドア用はエッジが長く細いのです。
インドアに比べ直線コースが長く、コーナーが緩やかなため、スピードが全然違います。
ところで、この時のリンクは湖を利用したもので、
風が吹いたまま凍った感じでがたがた。
最悪でした。
折角研いだエッジも一発でボロボロになりました。

オリンピック等で使用されるリンクは自分の体が映るほど光っていますが、
似ても似つかないリンクでした。


さて、四十数年前に遡りますが、

とにかく真面目に毎日練習しました。
朝練は6時からYMCAスケート場で滑りました。

練習が終わり次第、そのまま大学へ直行です。

授業が終わったら、15時くらいから陸トレ。

場所はYMCAスケート場のすぐ近くの熊本城二の丸公園。

非常 に環境が良く、熊本城を訪れた女の子によく声を掛けたものです。

また、練習後は女の子と一緒に手を繋いで仲良く女の子と滑ったものです。

でも、練習はキッチリやりましたね。

スピードスケートは反時計回りの競技です。

私は、フィギュアもホッケーもやらないので、左回りしか満足にクロスができません。

競技は、500m、1000m、1500m,3000m、5000m...とありますが、
私は500mと1000mが主でした。

練習中、コーナーを曲がり切れずにフェンスに激突し、
スケート靴の上からエッジが刺さった人がいました。

あまり覚えていませんが、河口君だったと思います。
病院へ直行したと思います。

スピードスケートは格闘技かもしれません?

                              以上